【神社】烏帽子形八幡神社(河内長野市)

烏帽子形八幡神社

「烏帽子形八幡神社(えぼしがたはちまんじんじゃ)」は、大阪府河内長野市喜多町にある神社です。烏帽子形八幡神社の正確な創建年は不祥ですが、鎮座地は河内長野駅の1kmほど南西にある烏帽子形山の東麓で、烏帽子形山にあった烏帽子形城の鎮守として祀られたのが始まりとされています。江戸時代頃には烏帽子形八幡宮や上田八幡宮とも呼ばれていたようで、現在の御祭神は素盞鳴命と足仲彦命、神功皇后、応神天皇となっています。

烏帽子形城は14世紀に楠木正成が鎌倉幕府軍を迎え撃つため南河内(奥河内)に築いた、いわゆる「楠木七城(河内七城)」の一つです。後に荒廃しますが、室町時代の1480年(文明12年)、河内源氏の末裔とされる石川八郎左衛門尉が新たに入母屋造りの社殿を建立。その後も荒廃と復活を繰り返し、やがて楠木氏の後裔といわれる甲斐庄氏が入りますが江戸時代の初めに廃城となりました。

明治の初めに神宮寺は廃寺となる一方、烏帽子形八幡神社は近代社格制度で村社に列格。1907年(明治40年)10月19日に当時の南河内郡三日市村大字小鹽(小塩)字宮山にあった村社の八幡神社(御祭神:応神天皇)を合祀し、翌年には神饌幣帛料供進神社に指定されました。


山の東側を通る高野街道から長い石段を上ると室町時代に造られた本殿が東向きに建ち、境内社として白山社、平野社(比良野社)、烏帽子形稲荷社、恵比須社が祀られています。また、境内にはかつて楠木正成が湊川の戦いに出陣する際に武運を祈って植えたと伝わる松の巨木「楠公武威の松」がありましたが、1934年(昭和9年)9月の室戸台風で倒れ(樹齢約600年)、現在は「楠公武威の松」の石碑が建てられている他、輪切りにされた松の幹が展示されています。

秋祭りには地車(だんじり)が出ます。

烏帽子形山には烏帽子形八幡神社や烏帽子形城跡、古墳があり、現在は烏帽子形公園として親しまれています。


●烏帽子形八幡神社について詳しくは →https://kininarugou.blogspot.com/2022/01/eboshigatahachimanshrine.html


アクセス

公共交通機関では、南海高野線・近鉄長野線の「河内長野」駅、あるいは南海高野線の「三日市町」駅で下車します。いずれの場合も各駅前を通る高野街道を歩いて約1kmほどの距離にあります(街道沿いには「高野街道」の案内看板が各所に設置されています)。

車の場合は、「河内長野」駅の少し西にある「本町(七つ辻)」交差点から南(南西)に向かい国道371号を約900m南下。河内長野郵便局前にある押ボタン式信号の交差点を右折し、200mほど進むと正面に烏帽子形八幡神社の鳥居や石段が見えてきます。参拝者用駐車場(無料)は左手前にあります。なお、烏帽子形山南側にも鳥居と参道があり、烏帽子形公園の駐車場もあります。

2022年1月撮影

烏帽子形八幡神社(河内長野市)

烏帽子形八幡神社(河内長野市)

烏帽子形八幡神社(河内長野市)

烏帽子形八幡神社(河内長野市)

烏帽子形八幡神社(河内長野市)

烏帽子形八幡神社(河内長野市)

烏帽子形八幡神社(河内長野市)

烏帽子形八幡神社(河内長野市)

烏帽子形八幡神社(河内長野市)

烏帽子形八幡神社(河内長野市)

烏帽子形八幡神社(河内長野市)

烏帽子形八幡神社(河内長野市)

烏帽子形八幡神社(河内長野市)

烏帽子形八幡神社(河内長野市)

烏帽子形八幡神社(河内長野市)

烏帽子形八幡神社(河内長野市)

烏帽子形八幡神社(河内長野市)

烏帽子形八幡神社(河内長野市)

烏帽子形八幡神社(河内長野市)



コメント

人気の投稿