【史蹟】丹比廃寺跡(堺市美原区)

丹比廃寺跡

「丹比廃寺跡(たんぴはいじあと)」は、大阪府堺市美原区多治井にある古代寺院の跡です。丹比廃寺は堺市美原区の北東部、東除川左岸(西岸)の中位段丘上にあったとされる大寺院ですが、今は面影もありません。しかし発掘調査では瓦なども発見され、特に塔の跡は「丹比廃寺塔跡」として大阪府の史跡に指定されています。

丹比廃寺の創建年は不詳ですが、古代には河内国丹比郡(たじひのこおり。多治井、多治比、多遅比とも)の一部であった当地を根拠地としていた丹比氏(たじひうじ)が建立した氏寺と考えられています(時代により別系統の丹比氏が治めていたようです。詳しくは下記リンク先の記事参照)。

丹比氏の氏寺が廃寺となった後、弘仁年間(810~824年)には、弘法大師空海によって真言宗の医王山徳泉寺(徳専寺とも)が開創されたといわれていますが、正平年間(1346~1370年)に楠木正行と細川顕氏が戦った藤井寺合戦の際に焼失。その後、同寺は再興されましたが、天正年間(1573~1592年)に松永久秀が徳泉寺の伽藍を破却したうえで徳泉寺城を築城。しかし、松永久秀の敗退に伴い廃城となりました。天和年間(1681~1684年)に僧快円が徳泉寺を再興したとされますが、これも1939年(昭和14年)に焼失し、以後は再建されていません。

丹比廃寺跡の現状は、東西に延びる市道を挟んで高さ約1.2mの基壇状の高まりが南北に残っていますが、これは寺院跡を横断するように市道が建設されたためと思われます。現在は塔心礎の他、石灯籠や宝篋印塔、石碑、地蔵堂、小社などがあります。

なお、周辺には丹比氏と関わりが指摘されている黒姫山古墳丹比神社(たんぴじんじゃ)があります。


●丹比廃寺跡について詳しくは →https://kininarugou.blogspot.com/2021/03/tanpidilapidatedtempleruin.html


アクセス

南阪奈道の高架下、「小平尾西」交差点から南に進み、突き当りを右折。西に約450mです。阪和自動車道高架下の府道36号「美原北小南」交差点からは南に進み、約450m先の交差点を左折。道なりに750mほど進むと道路沿いに廃寺跡があります(堺市立美原体育館や多治井運動場の100m少々東)。見学者用駐車場はありません。

公共交通機関では、近鉄南大阪線「河内松原」駅や「恵我ノ荘」駅前などから近鉄バスを利用し「大阪橋」バス停下車。約100m南の信号のある交差点を右折すると300mほど先に廃寺跡があります。


2021年2月撮影

丹比廃寺跡(堺市美原区)

丹比廃寺跡(堺市美原区)

丹比廃寺跡(堺市美原区)

丹比廃寺跡(堺市美原区)

丹比廃寺跡(堺市美原区)

丹比廃寺跡(堺市美原区)

丹比廃寺跡(堺市美原区)

丹比廃寺跡(堺市美原区)

丹比廃寺跡(堺市美原区)

丹比廃寺跡(堺市美原区)

丹比廃寺跡(堺市美原区)



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